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[18]馬鹿野郎

「どうして、私なの?」
 小首をかしげながら、目の前の女生徒――姫宮(ひめみや)佐久沙(さくさ)は尋ねた。
「いや、俺はお前の事がずっと好きだっ――」
「どこが? 私のどんなところが好きなの?」
 言い切る前に、彼女は疑問の言葉を口にした。
「………」
 俺は沈黙した。姫宮に対する恋愛感情のきっかけが『一目惚れ』だったからだ。一目惚れに理由はない。ただ、『びびっときた』というだけだ。しいて理由を挙げろと言われたら、雰囲気が良かったからとか、見た目が好みだったからとしか言えない。
 だが――そのような返答が正解とはとても思えなかった。
「やっぱり、分からないみたいだね。だったら、他の女の子でも問題ないよね」
 姫宮は冷たく笑った。どうして自分はこんな女の事が好きなんだろうと思った。こんな液体窒素のような冷たさの彼女のどこに惹かれたのか、まるで理解できない。
 年中無休で二十四時間、冷血人間というわけではないのだけれど……メインのキャラクターはこいつだからなぁ。
 ――れど、俺の恋心は未だに冷めていない。燃え続けている。
「例えば……金城(かねしろ)さんとか、さ」
 金城さん。金城佳奈(よしな)さん。容姿端麗なベジタリアン。言い方は古いが、クラスのマドンナ的存在。なんであの人の名前がここででる? あの人とはただのクラスメイトで、会話も事務的な内容しかしていないはずだ。しかし、この流れ、ひょっとすると……いやいやいや、落ち着け、落ち着くんだ和人(かずと)。お前が好きなのは、愛しているのは目の前の姫宮佐久沙だ。確かに金城さんは美しいし健康主義だし、あんな人と付き合えたらその時点で人生の勝ち組に入ったと言っても過言ではないだろう。しかし、しかしだ、それはありえない。ただの幻想だ、絵に描いた餅だ、水面に浮かぶ月だ。ぶち壊せ、思い描くな。今は目の前の彼女に集中しろ。
「あの子、海部(かいふ)君に気があるみたいだよ」
「ほんとに!?」
 反射的に確認作業に入ってしまった。
「本当に」
 にっこりと笑う姫宮。窒素が気体に戻った。
 頬は緩み、情けない顔つきになってしまっていることだろう。だが、まさかこんなことって……あるもんなんですねぇ。いやー、あの金城さんが俺の事を――今日は祝杯だぜ! 
 脳内で自分の分身たちがパーティーの準備をし始めた。脳内の分身たちは優秀で、即座に装飾を完成させた。会場にはケーキとシャンパンが並べられ、色とりどりの電飾に彩られている。分身たちはそれぞれに頬を緩ませ、幸せそうにしている。
「嘘だけどね」
 パーティー会場が一瞬にして火の海になった。分身たちは血の涙を流しながら咆哮している、『この勘違い野郎』と。
「でもさ、今海部君、凄く喜んでたよね。金城さんに想われていると勘違いしたとき。じゃあさ、海部君は間違えてるんだよ。告白する相手を」
 落胆し、地に伏せている俺を罵倒するように姫宮は続ける。
「君は私のことを本当はなんとも思ってない。寂しいから誰でもいいから一緒にいたい。一度も付き合ったことがないっていうのは恥ずかしいから、誰でもいいから彼女になって欲しい。そこで、見た目も中身も平均クラスの私に目をつけた。小中と一緒で、多少会話もしたことがあるから、難易度が低いと思ったんでしょう? けれど、残念だったね。世の中には最初に出てくるクリボーに当たって一機失う人だっているのだから」
 鋭利な言葉の槍は、俺の心を容赦なく貫いた。立ち上がるどころか、その気力すら失ってしまった。
 姫宮は勘違いしている。俺は姫宮のことを替えのきく存在とは思っていないし、いい加減な気持ちでこの告白をしたわけじゃない。悩んで迷って割り切って、やっと今日に至ったのだから。
 ただ、突然のことに驚いてしまっただけだ。脳内でパーティーを開きかけてしまったが、別室ではちゃんと姫宮用の宴の準備がしてあるのだ。
 金城さんの事は好きだ。その気持ちに嘘はない。だが、姫宮に対する『好き』とは、ジャンルが違う。
 金城さんへの思いは憧れが主成分で、姫宮に対する思いは――
「もう言う必要はないと思うけれど、答えは『いいえ』よ。そのまま地面とでも付き合ったら? 抜群の包容力の持ち主だし、私よりは温かいと思うけど」
 毒を吐き終えた彼女は、溜め息をついた。そして、ゆっくりと俺から離れていく。足音が小さく、遠くなっていく。
「待ってくれ!」
 俺は血だらけの心で、土だらけの体で彼女の足にしがみついた。
「行かないでくれ! 俺はお前の事が――」
「私は、あなたの自尊心や寂しさを満たすためのお人形さんにはなりたくないの。他を当たって」
「違う、そんなんじゃない! 俺はお前の事が好きなんだ、愛してるんだ!」
「だからどこが好きなの? あと、その汚い手をさっさと離してくれないかな」
「ご、ごめんっ」
 言われるがままに手を離した。すると彼女は不愉快そうな顔を見せると、そのまま反転し、駆け出した。
「ちょ、姫宮っ――! 俺はお前に一目惚れしたんだ――」
 美しいフォームで走りさる姫宮。素人の走りではなかった。無論、俺も全力で追いかける。傷だらけのハートから赤いモノが滴り落ちるのを感じた。
 だが、俺は追いかけるのをやめない。
 追いついたら、姫宮も考え直してくれるかもしれない、認めてくれるかもしれない。
 俺の想いを、俺の愛を。
「それは絶対ないよ」
 決意を折る一言が飛んできた。読心の技術まで持っているのか?
 
 どうやら、俺は大変な相手に惚れてしまったようだ。
 昔の俺の、馬鹿野郎。
 

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